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                            背黒文宏

 

 早稲田大学を卒業したのは1990年(平成2年)、気がつけば33年の月日が流れ、アラ還の自分がまさか再び母校の入学式に行くことになろうとは…。

 

 この春、息子が早稲田大学法学部に合格しました。入学式があった4月7日(土)は晴天に恵まれ、早稲田界隈はビシッと決めた多くの新入生とその保護者でにぎわい、その一群のなかに息子と私の家族もいました。私も37年前にブレザーとネクタイで行ったっけ…(親は同行しなかったけど)。

 

 午前中に戸山キャンパスの早稲田アリーナにて、法学部を含む複数の学部の合同入学式が行われました。ただしコロナ感染対策のため、保護者は別室にて式のライブ配信を視聴。居並ぶ新入生に、田中愛治総長は「ウクライナ侵略やパンデミックなど、人類は解答のない問題に直面している。自分の頭で考え、自分なりの解決策を考え抜くことが大切」と語りかけました。田中総長が「しなやかな知性」と呼ぶところのものですが、わが子もこの早稲田大学で、そんな知性をぜひ身につけてほしいものです(オヤジは「痴性」しかないけど)。

 

 コロナ感染症の5類移行がすでにアナウンスされていたこともあり、本部キャンパスには多くの学生たちが集い、大隈侯の銅像周辺では、新入生を「わがサークルへ」と勧誘する楽しそうな姿がたくさん見られました。

 キャンパスが輝きと明るさを取り戻しつつあることを実感する一方で、この3年間、学生たちがコロナ禍との共存を余儀なくされた悔しさはいかばかりであったか、複雑な思いを禁じ得ません。

 

 「入学式」と銘打った看板の前には記念写真の大行列。正門や大隈講堂の前にも、写真を撮る家族がたくさんいました。

 

 ところで、「親といっしょに入学式に行った」という稲門の先輩方は、ほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。私が学生だったころは、「親が大学まで入学式についていくなんて」と、どちらかといえば社会の眼は冷ややかだった記憶があります。実際、当時は東大赤門前で記念撮影に興じる親子を揶揄するような雑誌や番組を多々目にしました。

 しかし月日は流れ、この日の早稲田キャンパスはほとんど親子連れ。時代は変わったなあ…と感じた次第です。

 

 ふり返れば37年前、私が2浪の末に早稲田に合格したとき、父はとくに喜ぶ素振りでもなかったのだけれど、あるとき母から「お父さんは事あるごとに『息子が早稲田でね』と誇らしげだったよ」と聞かされました。

 自分が同じ立場になって、初めてその気持ちがわかります。今秋は父の三回忌、孫が早稲田キャンパスに立つ姿を一目みせてあげたかった。

 

 息子が早稲田の門をたたいて早3ヵ月、「明日は一限からだ」「今日はサークルだ」と、毎日楽しくキャンパスライフを送っています。

 早稲田で実りある時間を過ごし、輝く未来に雄飛せんことを祈るばかりです。

                              (1990政経学部卒)

 

大隈講堂をバックに家族と
(2023年4月1日)
​法学部入学式で校歌を歌う早稲田大学グリークラブ(法学部HPより)
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